枕草子 第40段「花の木ならぬは」 
 

作者名  清少納言 (ca.966-?)
作品名  枕草子
成立年代  ca.1008?
 その他  文中、【 】内にカタカナで今日の標準和名を示した。
 
 花の木ならぬは、かへで。かつら
【カツラ】。五葉【ゴヨウマツ】
 そばの木【カナメモチ】、しなな
(品無)き心地すれど、花の木どもち(散)りはてて、おしなべてみどりになりたるなかに、時もわかず、こきもみぢのつやめきて、思ひもかけぬ青葉の中よりさし出でたる、めづらし。
 まゆみ
【マユミ】、さらにもいはず。そのものとなけれど、やどり木【ヤドリギ】といふ名、いとあはれなり。さか木【サカキ】、臨時の祭(11月の賀茂の臨時の祭;3月の石清水の臨時の祭)の御神楽のをりなど、いとをかし。世に木どもこそあれ、神の御前のものと生ひはじめけむも、とりわきてをかし。
 楠の木
【クス】は、木立おほかる所にも、ことにまじ(交)らひた(立)てらず、おどろおどろしき思ひやりなどうとましきを、千枝にわかれて恋する人のためしにいはれたる(「和泉なる しのだの森の 楠の木の 千枝にわかれて 物をこそ思へ」古今六帖二)こそ、たれかは数を知りていひはじめけんと思ふにをかしけれ。
 檜の木
【ヒノキ】、またけぢか(気近)からぬものなれど、三葉四葉の殿づくり(「この殿は むべも富みけり さき草の 三葉四葉に 殿造りせり」催馬楽)もをかし。五月に雨の声をまなぶらん(方干「長潭五月雨氷気を含み、孤檜終宵雨声を学ぶ」)もあはれなり。
 かへで
【カエデ】の木のささやかなるに、もえいでたる葉末のあかみて、おなじかたにひろごりたる、葉のさま、花も、いと物はかなげに、虫などの乾(か)れたるに似てをかし。
 あすはひの木
【アスナロ】、この世にちかくもみえきこえず。御岳にまうでて帰りたる人などのもて来める、枝ざしなどは、いと手ふれにくげにあら(荒)くましけれど、なにの心ありて、あすはひの木とつけけむ。あぢきなきかねごと(予言)なりや。たれにたのめたるにかとおもふに、きかまほしくをかし。
 ねずもちの木
【ネズミモチ】、人なみなみになるべきにもあらねど、葉のいみじうこまかにちひさきがをかしきなり。楝(あふち)の木【センダン】。山橘【ヤブコウジ】。山梨の木【ナシ】
 椎の木
【シイ】、常磐(ときは)木はいづれもあるを、それしも、葉がへ(滅)せぬためしにいはれたるもをかし。
 白樫
【シラカシ】といふものは、まいて深山(みやま)木のなかにもいとけどほ(気遠)くて、三位二位のうへのきぬ染むるをりばかりこそ、葉をだに人の見るめれば、をかしきこと、めでたきことにとりいづべくもあらねど、いづくともなく雪のふりおきたるに見まがへられ(柿本人麻呂「あしひきの 山路も知らず 白樫の 枝にも葉にも 雪の降れれば」拾遺集)、素盞嗚尊(すさのをのみこと)出雲の国におはしける御ことを思ひて、人丸がよみたる歌(上記の歌を言うか)などを思ふに、いみじくあはれなり。をりにつけても、ひとふし(一節)あはれともをかしとも聞きおきつるものは、草・木・鳥・虫もおろかにこそおぼえね。
 ゆづり葉
【ユズリハ】の、いみじうふさやかにつやめき、茎はいとあかくきらきらしく見えたるこそ、あやしけれどをかし。なべての月には見えぬ物の、師走のつごもりのみ時めきて、亡き人のくひもの(十二月晦日に亡魂を祭る)に敷く物にやとあはれなるに、また、よはひを延ぶる歯固め(新年に長寿を祈り餅・猪肉・押鮎などを食う)の具にももてつかひためるは。いかなる世にか、「紅葉せん世や」といひたる(「旅人に 宿かすが野の ゆづる葉の 紅葉せむ世や 君を忘れむ」古今六帖拾遺)もたのもし。
 柏木
【カシワ】、いとをかし。葉守の神のいますらんもかしこし。兵衛の督・佐・尉などいふ(柏木は衛府の官の異名)もをかし。
 姿なけれど、椶櫚
(すろ)の木【シュロ】、唐めきて、わるき家の物とは見えず。
 


 織りこまれた花   カエデカツラゴヨウマツカナメモチマユミヤドリギサカキクスヒノキアスナロネズミモチセンダンヤブコウジナシシイシラカシユズリハカシワ、シュロ
 そばのきについては、ほかにブナ・ニシキギなどとする説がある。
 『古事記』神武天皇「来目の歌」を見よ。



跡見群芳譜 Top ↑Page Top
Copyright (C) 2006- SHIMADA Hidemasa.  All Rights reserved.
跡見群芳譜サイト TOPページへ カワニナデシコ メナモミ 文藝譜index 日本江戸時代以前index